中巨摩医師会・大規模災害医療対策

大規模災害時の傷病者救護体制

 2005年3月24日の新聞に、甲府に震度6弱以上の地震が30年以内に起こる確率は81%と発表されました。東海大地震などの大規模災害時には、中巨摩地区では小学校か役場(地区により消防署)に医療救護所が開設され、病院以外の医師会員・役場の保健師・看護師が出動して傷病者の救護活動を行います。基幹災害拠点病院の県立中央病院、基幹災害支援病院の山梨大学付属病院、地域災害拠点病院の市立甲府病院・巨摩共立病院などの大病院は重傷者の診療を行いますので、軽・中症者が受診しても、外来診療はできません。まず、医療救護所へ行くようにして下さい。負傷者にトリアージ(後述)を行い、トリアージタッグを付けて、赤・黄色タッグの緊急及び準緊急の人を後方医療機関に搬送します。緑タッグと判断されれば、救護所で治療を続けます。外科系・皮膚科系の診療所・病院は、できるだけ開院して、治療を行いたいのですが、阪神・淡路大震災の時には医療機関も倒壊・器具破損・備蓄不足などでまったく機能しなかったそうです。南アルプス市や甲斐市双葉・敷島は扇状地のため地滑りが、甲斐市竜王や昭和・玉穂・田富は甲府湖の底であったため液状化現象が、さらに宝永大地震の後49日後に宝永の大噴火(後述)があったことから富士山大噴火による降灰も考慮すると、中巨摩の医療機関も麻痺状態に陥る可能性があります。また、病院に患者が殺到した場合は、病院前トリアージを行って、重傷度に応じて治療を開始します。
 なお、医療救護所では、医療スタッフの不足が懸念されます、看護婦資格などをお持ちの方は、傷病者救護の応援をお願いします。アマチュア無線局を開局されている方には、お近くの医療救護所において、医療救護活動中の医師会員と医師会災害対策本部との間の連絡をお願いし、後方病院の受け入れ態勢の確認などをして頂ければ幸いです。衛星携帯電話“イリジウム”なども有効な連絡手段になりうるでしょう。
 各救護所・各医療機関とも、発災後3日間の傷病に対する医薬品・水・食糧の備蓄が勧められ、災害を受けていない地域からの支援が届くまで、頑張る必要があります。しかし、これは阪神・淡路のように局地的な震災の場合であり、東海大地震ではより広範囲にダメージを受けるおそれがあるので、隣都県からの救援をすぐには当てにできず、1週間の備蓄が必要ともいわれます。
 阪神・淡路大震災で倒壊家屋からの救出の大半は近所の人の手によったとのことです。道路は寸断し、多忙な消防はあてにできず、コミュニティが主役を務めます。幸い山梨では隣組の助け合い制度が発達しています。建物の耐震化と隣組が生き残るためのキーポイントです。
 これまであまり知られてこなかったクラッシュ症候群についても知識が必要で後述します。
 災害発生48時間以降は、集団避難生活が続くために、風邪やストレス(PTSD・ASD)、動かないためのエコノミークラス症候群(肺塞栓)などに、対応していきます。支援される人のストレスは相当なものですが、支援する立場になることで、立ち直りが早くなるといいます。自分に何が出来るかを探し、行動して下さい。

トリアージとは

 災害時に多数の傷病者が同時に発生した場合、傷病者の搬送・治療優先順位を決定することをいいます。阪神・淡路大震災の時には、重傷者から軽傷者まで大勢が病院に集中したため、優先度の高い人が治療を受けられず亡くなられた方もいました。

優先順位

分類

識別色

傷病等の状態

第1順位

最優先治療群
(重症群)

赤色(1)

直ちに処置を行えば、救命が可能な者(気道閉塞・呼吸困難、重症熱傷、心外傷、大出血・止血困難、開放性胸部外傷、ショック等)

第2順位

準緊急治療群
(中等症群)

黄色(2)

多少治療の時間が遅れても生命には危険がない者(熱傷、多発または大骨折・開放骨折、脊髄損傷、合併症のない頭部外傷等)

第3順位

軽処置群
(軽症群)

緑色(3)

軽微な傷病で、専門医の治療を必要としない者(小骨折、外傷、体表面積の10%以内で気道を含まない熱傷、精神症状を呈する者)

第4順位

不処置群
(死亡群)

黒色(0)

既に死亡している者、又は直ちに処置を行っても明らかに救命が不可能な者

トリアージのフローチャート (START式 Simple Triage And Rapid Treatment)

ステップ1(呼吸の評価) 気道確保後、呼吸があるか?

→NO:

黒色タッグ(救命不能・不処置群)

→YES:

呼吸数30回/分以上→赤色タッグ(最優先治療群・重症)

 

30回/分未満→ステップ2へ

ステップ2(循環の評価) 持続する外出血を止血後、

爪床を圧迫して解除後、

再充血まで2秒以上→赤色タッグ

 

2秒以内→ステップ3へ

ステップ3(中枢神経の評価) 「目を開けて」「手を握って」などの単純な命令に答えるか?

→NO:赤色タッグ

→YES→歩行できるか?

→NO:黄色タッグ(準緊急治療群・中等症)

 

→YES:緑色タッグ(軽処置群・軽症)

クラッシュ症候群 crash syndrome

 阪神大震災では、長時間建物の下敷きになっていて救出された人が、救出された時点では元気だったのに、数時間後〜数日後に意識がなくなってそのまま急死してしまうというケースがありました。このクラッシュ(挫滅)症候群372人が発症し、50人が亡くなったといわれます。この病態を知らなかった医師が多かったのも対応が後手に回った原因です。
 圧迫され壊死した筋肉から出る高濃度のミオグロビンやカリウムが、救出後急激に体内を巡って腎不全や心停止を起こします。長時間建物の下敷きになっていた場合は、救出後自覚症状がなくても徐々に状態は悪化していくので、なるべく早く救出し、そして早く輸液や透析の管理を受けることが重要。悪化した場合の症状としては、尿が出ない、または尿が赤い(ミオグロビンの色)、吐き気、など。
 もしも、地震で近所の人などの救出を手伝った時には頭に入れておいて損はなく、「クラッシュ症候群の疑いあり」と述べて、緊急に診察して貰って下さい。

PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)心的外傷後ストレス障害

 自分や身近な人がショッキングな体験をしたために生じる病気で、トラウマ体験を思い出したくないのに何度も繰り替えし思い出したり、他人と疎遠感や隔絶感があったり、眠れなくなったりします。トラウマ体験に似た状況があると、それは昔のことだから今は安全だと分かっていても、胸がドキドキしたり、震えたりして驚いてしまうことがあります。主要症状をまとめると、再体験(想起)、回避、過覚醒の3つになります。
 PTSDの診断基準では症状の持続が1ヶ月以上とされています。しかし衝撃的な出来事に遭遇すると直後から重症の反応が生じることがあります。PTSDの3大症状だけでなく、解離性症状と呼ばれる健忘や現実感の喪失、感覚や感情の麻痺などが、直後の1ヶ月以内に強く現れている場合は「急性ストレス障害 Acute Stress Disorder:ASD」と診断され、PTSDとは区別しています。

エコノミークラス症候群

 飛行機のエコノミークラスでは、長時間同じ姿勢でいることが下肢での血栓を発生させ、それが肺に飛んで重篤な呼吸困難(肺塞栓症)を起こすことがあります。避難所や車の中で運動をしないでいると、同じ事が起こり得ます。
 この災害対策は、先進的取り組みをしておられる静岡市医師会 http://www.shizuoka.shizuoka.med.or.jp/ 及び横須賀市医師会 http://www.yokosukashi-med.or.jp/topics/saigaimanual/index.htm (大規模災害の他、放射線被爆に対するマニュアルも優れています)のHPを参考にしました。静岡市大村純先生とアサヒカコー(株)のトリアージ(災害医療入門)というHPとビデオでシミュレーションについて学びました。 http://www.asahikako.jp/triage/triage_05.html

山梨県に被害を及ぼす地震及び地震活動の特徴

 山梨県に被害を及ぼす地震は、主に相模、駿河、南海トラフ沿いで発生する巨大地震と陸域の浅い地震です。なお、山梨県周辺の活断層と主な被害地震は、下図のとおりです。

 プレート間地震として発生した1854年安政東海地震(M8.4)では、県内の大半が震度6相当となり、甲府では町屋の7割、鰍沢では住家の9割が潰れたとされています。また、1944年の東南海地震(M7.9)の際には、県内で家屋の全半壊などの被害が生じました。一方、相模トラフ沿いのプレート間地震として発生した1923年の関東地震(M7.9)では、県の東部が震度6となり、県内で死者20名、多数の家屋全壊などの被害が生じました。また、1703年元禄地震(M7.9~8.2)でも、甲府盆地を中心に大きな被害が出ました。なお、県北部を除く市町は「東海地震」で被害が予想され、地震防災対策強化地域に指定されています。
 山梨県の地形をみると、県のほぼ中央部に甲府盆地があり、盆地の北側から東側にかけては関東山地が、南側には御坂山地が、西側には赤石山脈がそれぞれ広がります。県北西部の長野県境付近から甲府盆地の西縁にかけては、活動度A級の糸魚川−静岡構造線断層帯が延びています。この断層のうち、白馬から小淵沢にかけての部分における最新の活動時期は約1200年前と推定されており、762年の美濃・飛騨・信濃の地震(M不明)がこれに相当する可能性があります。なお、糸魚川−静岡構造線断層帯の県内部分(同断層帯南部、市之瀬断層群を含む)の活動履歴等については、ほとんど未解明で、そのほか、甲府盆地の南東縁には曽根丘陵断層群があります。
 歴史の資料からは、県内で発生した顕著な陸域の浅い被害地震は知られていません。明治以降では、1898年に県南西部でM5.9の地震があり、南巨摩郡で小被害が生じました。また、1908年には県中部でM5.8の地震があり甲府市周辺で小被害が出ました。県東部の深さ10〜30kmのところでは、伊豆半島をのせたフィリピン海プレートの衝突に起因するとみなされる定常的で活発な浅い地震活動があり、ときどきM5〜6の地震によって被害が生じることがあります。最近では、1983年山梨県東部の地震(M6.0)により、大月でブロック塀が崩れるなどして、死者1名や家屋の全半壊などの被害が生じています。また、この付近では、1996年にM5.3の地震が発生し、河口湖町で震度5が観測されました。1855年の安政江戸地震(M6.9)や1924年の丹沢山塊での地震(M7.3)などのように周辺の地域で発生した地震によっても被害を受けています。

山梨県とその周辺における小さな地震まで含めた最近の浅い地震活動 (M2以上、1987〜1997年)

山梨県に被害を及ぼした主な地震

西暦(和暦)

地域(名称)

主な被害

1498.9.20
(明応7)

東海道全般

8.2〜8.4

南海トラフ沿いの巨大地震。紀伊から房総にかけての海岸と甲斐で振動大。

1703.12.31
(元禄16)

(元禄地震)

7.9〜8.2

甲府領で死者83、家屋全壊345。

1707.10.28
(宝永4)

(宝永地震)

8.4

午の刻に大地震が起こる。甲斐で死者24、負傷者62、家屋倒壊7,651。

1782.8.23
(天明2)

相模・武蔵・甲斐

7

甲州都留郡長池村では家屋全壊30。裾野茶畑村で家屋全壊9。

1854.12.23
(安政1)

(安政東海地震)

8.4

甲州各地に激甚な被害を与える。甲府に大火が起こる。

1891.10.28
(明治24)

(濃尾地震)

8.0

家屋全壊4。

1923.9.1
(大正12)

(関東大地震)

7.9

死者20、家屋全壊1,763

1924.1.15
(大正13)

丹沢山塊(丹沢地震とも呼ばれる。)

7.3

県東部で被害。負傷者30、住家全壊2。

1944.12.7
(昭和19)

(東南海地震)

7.9

住家全壊13。

政府HP:日本の地震活動より抜粋 http://www.hp1039.jishin.go.jp/eqchr/eqchrfrm.htm

富士山溶岩流の可能性マップ

内閣府「富士山の火山防災対策」から抜粋 http://www.bousai.go.jp/fujisan/index.html

 など、ハザードマップの作成が進められている最中ですが、溶岩流・火砕流は御坂山系を越えては、中巨摩地区へ来ないようです。しかし、季節によっては降灰の被害は避けられません。
 1707年10月28日南海および駿河トラフを震源域とするM8クラスのプレート境界地震が起き、この地震のわずか49日後の宝永四年十一月二十三日(1707年12月16日)に富士山の南東斜面にあらたな火口(宝永火口)が開き,プリニー式噴火が発生しました。この宝永の大噴火は地震で誘発されたと言われており、油断をしてはならないと考えられています。

最近15年の主な災害

年月日

災害名

死者・行方不明者

1990年11月17日

雲仙岳噴火

44人

1993年7月12日

北海道南西沖地震(M7.8)

230人

1993年7月31日−8月7日

平成5年8月豪雨

79人

1995年1月17日

阪神淡路大震災(M7.2)

6436人

2000年3月31日

有珠山噴火

0人

2000年6月25日

三宅島噴火

1人

2000年10月6日

鳥取県西部地震(M7.3)

0人?

2001年3月24日

平成芸予地震(6.7)

0人?

2003年5月26日

宮城県沖地震(M7.0)

0人?

2003年7月26日

宮城県北部地震(M6.2)

0人?

2003年9月26日

十勝沖地震(M8.0)

0人?

2004年10月23日

新潟県中越地震(M6.8)

46人

2005年3月20日

福岡県西方沖地震(M7.0)

1人

2007年7月16日

新潟中越沖地震(M6.8)

11人

2008年6月14日

岩手・宮城内陸地震(M7.2)

23人

20XX年 東海地震あるいは東南海地震は、死者0人にしたいものです。      山梨県中巨摩医師会
 
 なお、救護所の設置場所などは、これから行政と交渉していきますので、このホームページの内容はしばしば変更されると思います。備蓄量の検討やトリアージタッグの準備、住民を交えたシミュレーションの実施など、課題が多い中巨摩地区です。

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