HOME > 医師会の概要 > 山梨日日新聞「視座」コラム > 第2回「こもれび」のように
医師会の概要

山梨日日新聞「視座」コラム 連載 長田 忠孝

第2回「こもれび」の輪は未完

まだそんなに前の話ではない。甲府に住む高校時代の友人からたっての相談があった。九十歳になる父親が食道がんにかかり、もう食事もとれない状態で、家で点滴をしているという。本人も家族もこのまま家に最後までいたいのだが、通院先の主治医が「病院の規則で往診は出来ない。死亡診断書が必要なら、亡くなる少し前か亡くなってから病院に連れてきてほしい。」と言っているという。「そんなことが出来るわけねえじゃんか」が友人の腹立ちまぎれの相談なのだった。
近くの開業医を紹介しようとしたがうまくいかなかった。結局、午後から甲府で開かれる会議へ出席する折に、外来看護師長と共に片道一時間ほどかけて、初めての往診をすることにした。
患者さんの状態は確かに重篤だった。診察を終え、家族と偶然居合わせた訪問看護師に「容態が変わったときは、いつでも連絡をください」と告げて別れた。
看護師長は「往診距離が長いから、急変時が外来診療中だったら困りますね」と心配顔だ。「夜はお酒を控えなくては」と、すこしうれしそうに付け加えた。
それから一時間ほどたって、おそい昼食をとっていると、友人から「もう息をしてないようだ」と電話が入った。看護師長とともに友人宅に引き返し、最期を確認した。
訪問看護師の願いもあり、本来の主治医に事の次第の電話した。実にしっかりした話し方をする、好青年の印象の消化器内科医だった。「死亡診断書が欲しければつれてこい」などと無礼なことを言える医師ではなさそうである。おそらくは在宅ターミナルのすばらしさを学び、体験する機会がなかったのだと1人合点することにした。
実はこのような話はさほど珍しいことではない。往診医が見つからないで大変な思いをしてしまった話もよく聞くのである。在宅医療を行う医師が少ないのがその理由のひとつだ。かかりつけ医のネットワーク化なども図られているものの、いつでもどこでも希望すれば在宅療養が可能な時代は今しばらく時間がかかりそうである。
私たちは全国の自治体病院の団体を通して、在宅医療などを目的とした研修を行うべきだと厚生労働省に働きかけた。三年前にスタートした新医師卒後臨床研修制度では、中小規模の自治体病院での「地域医療、保健」の一ヶ月半の研修が義務化された。
飯富病院も現在、研修協力病院となり、研修医を受け入れている。
ところで今回の患者さんのように、私達の都合を気づかうように亡くなられる方はけっこう多くおられる。
「ついでとはいえ、遠くから来てもらってもうしわけない。まあ今夜はゆっくり晩酌でもやってください」と、亡くなった患者さんから言われているような気がしてならないのだ。
そんなのは偶然で錯覚だとは、まさにそのとおりだろう。しかし、「たしかに私を待っていてくださったんですよ」と目を輝かせ、何人もの患者さんの名をあげる訪問看護師は多いし、私もその一人である。
介護保険以降在宅療養の環境は一段と整備されてきたようにみえるが、必要不可欠なのは適性を持った医師の存在である。「こもれび」のような輪で在宅療養者と家族をつつまなければと前回述べたが、最も大切な医師の参加が不確実では、まさに「未完の輪」。完成のためには、医師養成を含めたさらなる努力が必要だと結論せざるをえないのが現実なのだろう。

長田 忠孝

1944年甲府市生まれ

甲府一高 北海道大医学部卒

1982年より飯富病院勤務

現在院長 外科医師

当記事は山梨日日新聞の「視座」コラムに掲載したものです。

また、当サイトへの掲載は山梨日日新聞の許諾済みです。

pagetop