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医師会からのお知らせ

第27回健康と医療作文コンクール

山梨日日新聞社賞

「心のカイロ」
土橋 十永美
甲府東高校2年
私は学校が嫌いではない。多くはないが、友達もいる。部活も勉強も、まあまあ頑張ってやっている。ごく普通の高校生だと思っていた。あの時までは。
それは突然の出来事だった。教室に座っていた私を、得体のしれない恐怖が襲った。胸がドキドキし、手が震え、冷や汗が出てきた。私はとにかく、その場から離れたくなり、保健室に逃げ込んだ。涙があふれてきた。止めようと思っても涙はあふれてきて、自分で自分をコントロールすることが出来なかった。自分の事が誰にも見えていない、まるで透明人間にでもなってしまったような気がした。そして、その日から私は、教室に入る事が出来なくなり、私の別室登校が始まった。
今でも、何が私を苦しめていたのか、何が辛かったのかは分からない。学校には毎日行ったが、教室にはどうしても入れなかった。またあの恐怖が襲ってくるのではないかと思うと、怖くてたまらなかった。教室に入らなければ症状はでない。病院で検査をしてもらったが、身体的な問題は見つからなかった。自分でも身体ではない、心の問題だと気付いていた。担任の先生と保健室の先生がとても心配して、何度も家に電話をかけ、母と話をしてくれた。学年主任の先生とは、今まで話をしたこともなかったが、「今日は2人でゆっくり話をしましょう。何の話でもいいよ。」と言って私の前に座ってくれた。保健室でテストを受けていた時には、後ろで校長先生がそっと見ていてくれた事もあった。先生方が私のために何かをしようとしてくれている、という事が感じられた。それから私は、先生の勧めで母と一緒に、専門家にみてもらうため「心のサポートルーム」に通う事になった。
私は学校を絶対に休んではいけないと思っていた。私も母も一度でも学校を休むと、そのまま学校に行けなくなってしまうのではないかと、心配していたからだ。そんな私と母に、サポートルームの先生は「心だって休む事が必要。辛い時は学校を休んだっていいんだよ。心だってゆっくり休む事が必要なんだよ。」と言ってくれた。肩の力がすーっと抜けるような気がした。私は臨床心理士の先生に面談をしてもらい、いろんな話をした。心の落ち着く時間だった。そして、心臓がドキドキした時の対処法も教えてもらった。学校では担任の先生が、1日に何度も私の様子を覗きに来て、私の前に腰をおろし、「さあ、今日はなんでも好きな事を話そう。」と私の為に時間を作ってくれた。保健室の先生も、いつでも私の話を聞いてくれ、時には恋バナをしてくれる事もあった。母は、毎朝私が見えなくなるまで見送ってくれるようになっていた。以前の私なら、「ウザい。ほっといて。」と思っただろう。しかし、先生方の私の事を気遣ってくれる言葉やしぐさが、心にカイロを貼られたように、温かく感じられるようになった。皆のおかげで私は、少しずつ教室で授業を受けられるようになった。クラスの友達が、私が一人にならないように気遣ってくれているのが分かった。
5月、学祭の合唱コンクールの伴奏に私は思い切って手を挙げた。こんな私にクラスのみんなが伴奏を任せてくれるのか不安だった。でも、自分の得意なもので、少しでもクラスの役に立ちたかった。練習中、一度だけ胸がドキドキして、伴奏が止まってしまったことがあったが、クラスのみんなは、何も言わず、私に伴奏をまかせてくれた。合唱コンクールが終わった時、普段話をした事のないクラスメイトが、「伴奏最高だったぜ。ありがとう。」と言ってくれた。とても嬉しい言葉で、私の心はとても温かくなった。
身体についた傷は、目に見えるし、傷を治してくれる薬もある。しかし、心についた傷は目に見えないし、傷を癒してくれる薬もない。周りに見えないから理解されず、仮病だとか、なまけていると思われてしまうことがある。学校に行かない事と、学校に行けない事は、まったく別な事だと気付いた。心につける薬はないけれども、相手を気遣う言葉や、傍に居る事や見守るしぐさは、相手の心を癒し、励ましてくれる事がある。
私は将来、看護師になりたいと思っている。心と身体は一つのもので、心が健康でなければ、身体も健康にはなれないと思う。反対に、身体が健康でないと、心が病んでしまう事もある。私は相手に関心をもち、身体の病気だけでなく、心も癒せる看護師になりたいと思う。私が皆にしてもらった事を忘れる事なく、相手の心にカイロを貼る事が出来るように。