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医師会からのお知らせ

第26回健康と医療作文コンクール

優秀賞

「アトピー性皮膚炎と向き合う」
髙橋 陽美輝
韮崎高校1年
「あら、大丈夫よ。これぐらい。あなたの手はすてきよ。気にすることなんかないわ。すぐに良くなるから。」私の手を診ていた先生からのやさしい言葉。その言葉がうれしくて、私は自分の手と向き合い直した。
アトピー性皮膚炎。良くなったり悪くなったりを繰り返す、かゆみのある湿疹を主な病変とする皮膚の病気だ。このアトピーの湿疹の特徴として赤みがある。じゅくじゅくして引っかくと液体が出てくる。ささくれだって皮がむける。長引くとごわごわ硬くなって盛り上がる。目、耳、口のまわり、首、わき、手や足、関節の内側などに出やすい。しっかりと治療すれば命に関わるような病気ではないが、この病気の一番の問題は、この病気によって伴う症状以上に、見た目が悪いことだと思う。というのは、私自身アトピー性皮膚炎にかかっており、そのせいで幼い頃いじめにあったからだ。保育園児年少の時のことであるはずなのに、今でもありありと脳裏によみがえる。「私も遊びに入れて。」ニコニコしながら私は同じクラスの女の子達に近づいていく。すると急に「ちょっと、何その手。うわー、汚い。近づかないで。うつるから嫌。」浴びせられる悪口。「なんでそんな手なの。うえ、ぐじゅぐじゅしている。」私はその子達から離れ、気づくと一人三輪車をこいでいる。たまに声をかけてくれたと思ったら「何で来たの?来ないでよ。そんな手なんだから。」と、いわれ続ける日々。年中になったとき父の仕事の影響で私は引っ越すことになり、それ以来自分の手をバカにされることはなくなったが、高校生になった今でも年少の頃の日々が思い出される。みんなが楽しそうに遊んでいる中で、自分だけ手が荒れているという理由でいじめられる。4歳の時から深く刻まれ残っている傷。当時の私はいじめという言葉を知らず、やめても言うことが出来なかったから、ただ突きつけられる言葉の刃にじっと耐えるしかなかった。引っ越してからもアトピーが一向に良くなることはなかったので、また前みたいに言われるのではないかとびくびくし、両手をずっと握り続けていた。そんな時に出会った皮膚科医がいた。母にいやいや連れられ、憂鬱な気分で診察室に入った。ところが、会って、手を診てもらったときに言われた言葉は自分が思いもしないようなものだった。それが一番はじめ冒頭部に書いた言葉である。今までそう言ってくれる人はいなかった。親でさえ大丈夫、すぐ直るからと言ってくれたことはあったが、まさかこの手を診て嫌な顔一つもせず、すてきな手だと言ってくれたのは、すごくうれしかった。この手を認めてくれるなんて。小さな物も器用に作ることのできる小さな手。よく、ドールハウスを作っては褒められていた。しかしそれさえも、あの年少の時の苦い記憶が思い出されるたびにその思い出はかき消され、同時にきれいな手で生まれたかった。弟はすべすべしているのにこんな手は嫌だ。と自分の手を憎んだ。しかし、皮膚科の先生が自分の手を褒め、認めてくれたことにより、そうだ自分の手は少し荒れているだけだ。私の手はどんなこともできる素晴らしい手だ。と自信を持つことが出来るようになり、アトピーを治そう。と自分の手と真剣に向きあえるようになった。1日に2回は変えなくてはいけない密封包帯やテープ。何種類もの塗り薬。いつもは、かゆくてかいてしまい、つぶしてしまって膨らんだ液体。それも極力かかないように頑張った。皮膚科の先生にきれいに治った手を診てもらいたい。自分の手を大事にしたい。大好きでありたい。その強い思いからである。そして、現在、以前はたくさんの塗り薬が必要であったが、今ではワセリンのみで事足りるようになり、ぶつぶつが発症することも決まった時期のみになってきた。これも、すべてあの時の先生の言葉と自分が真剣にアトピー性皮膚炎の症状にかかっている手と向き合い始めたことによるものだと思う。
私は、この経験を通して、相手の病気を認めそして相手の励みになるような言葉をかけることは大切だなと思った。私は、たったあの短い会話から自信を持つことができた。私はこれから、同じようにアトピー性皮膚炎の人がいたときに、自身の体験を伝え、その人が早く治るようにアドバイスしていきたい。肉体的にも精神的にもつらい病気、アトピー性皮膚炎。それは、かかっている人と、医師にしかわからない。だからこそ、この病気を知っている自分だから、あの医師のように声をかけ、アトピーと真っ向から向き合える人を増やしていきたい。
私は言う。「今、辛くても頑張ってください。必ず治るから。きれいになるから。アトピーだからとあきらめないでください。一緒に頑張って今よりももっときれいになろう。」と。