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医師会からのお知らせ

第23回ふれあい医療作文コンクール

山梨放送賞
「命は美しい」
今井 里咲
甲陵高校2年
看護師体験の始めのミーティングで副師長さんは、こう言った。
「看護師の仕事の基礎となっているのは、命をどう考えるかです。」
看護師になりたいという思いは、ずっと持っていた。だが、命について深く考えたことはなかった。命には、死がつきものだからだ。命は、ある日突然なくなってしまうものと考えていた。そのためか、命と向き合うことを少しためらっていたし、避けていた。看護師になれた時は、生まれたばかりや生まれるはずの死と向き合う場面のある産婦人科には就きたくないと思っていた。
私は6年前、母の出産に立ち合った。これは、私が初めて命と向き合った時だった。母は大変なのだろう。ただそう思うだけだった。母を陣痛が襲い始め、母は出産台へと移され、私たち家族も母について移動した。そこでの様子は想像を絶するものだった。「痛い」という母の声、母のうめき声や声にならない声、眉間によったしわ、苦しそうな顔、そして荒い息。私は母を見ていられなくなった。何に対してか分からないが怖かった、恐ろしかった。母の傍で立っていた私は、耳を塞いで、その場に座りこんでしまった。どうしてそこまでして子供を産むのかわからなかった。妹が誕生しても私は動くことができなかった。母の苦しむ姿が頭から離れなかったのだ。生まれたばかりの妹でさえ、恐ろしかった。この子は、こんな母の姿も知らずに生きているのが怖かった。今まで知らずにのうのうと生きてきた自分が恐ろしくなった。命や生について考えることが怖くなった。
看護師体験で私は産婦人科を見学、体験させていただくことになった。どの施設を見てもあの時の母の姿が思い浮かんでならなかった。生後3日という赤ちゃんをもつ親子に会った。少し疲れた顔をした母親を見たので、最初ベッドの中の赤ちゃんが怖かった。この母親も母のようであったと思うと尚更怖かった。看護師の手にあったその子のベッドが母親の手に渡った時、私の赤ちゃんを見る目が変わった。母親の疲れた足取りが赤ちゃんに合わせた優しい歩き方に見えたからだ。また、疲れた目は赤ちゃんを見守る優しい目に、だらんとしていた手はベッドにいる赤ちゃんを包むかのような優しい手に見えた。この母親は出産を大変に思っていても、新しい命の誕生を喜んでいるのではないかと思えた。痛かったというよりもこの新しい命を守ろうという思いがあたたかいと思った。その瞬間、赤ちゃんが可愛く見えた。命が素敵なものに思えた。
看護師は命と向き合う職業だ。悲しくてつらい死と向き合うことが絶対にある。でも看護師は生とも向き合うことができる。生は喜ばしくあたたかい。そういう仕事だからこそ、やりがいがあると思う。このような命と向き合う仕事は奥深く、言葉では表すことのできない程すばらしいと思う。命は単なる生と死だけではない。私にとって命はもう、怖いものではなくなった。命はたくさんの思いがつまったあたたかいものだ。これから先、もっと命と向き合い、考えを深めていきたいと思う。