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医師会からのお知らせ

第22回ふれあい医療作文コンクール

佳作
「安心をくれたお医者さん」
穐山 あかり
駿台甲府中学校3年
世の中には、病に苦しむたくさんの人達がいる。小さな頃から、闘病生活を送り、学校へ通いたいと願いながら、病室で過ごす子ども達もいるという。
私は、中3になる今まで、大きな病気やけがを体験したことがない。しかし、小児科や眼科、皮膚科など、大勢の医師に出会ってきた。その中で、医師というのは、ただ単に、病気やけがを治すだけの人だとも思っていた。そんな私の考えをくつがえしてくれたお医者さん−県立中央病院の小児科の先生だった。
「夏休みは何をした?」「楽しかったんだ。良かったね。」「これから学校で何の行事があるの?」こんな会話から始まる診察。聴診器を当てたり口の中を診たりして、「このままで大丈夫ですよ。」と、私や母を安心させてくれる。その後念のため、レントゲン撮影や採血を行ってから帰る。
私は、2,500グラム以下の低体重児として生まれた。小さく生まれた私を、大きく育てようと努力していた母は、1ヶ月検診、3ヶ月検診と、健康診断に行ったり、保健師さんと面談したりする度に、私の発育が順調かと不安になったそうだ。そのため、赤ちゃんの頃から、県立中央病院にはお世話になっていた。
そして、5歳の時、少し成長曲線から外れた低身長児と診断された。通院する中で、主治医の先生が変わるたびに不安になる私と母。そんな不安が、一人の先生との出会いによって一気に取り除かれた。和やかな雰囲気の中で進む診察により、先生に対し、私も母も親しみを覚え、病院に通うのが嫌ではなくなった。
このような体験を通し、医者は病気やけがを治すだけでなく、患者やその家族の悩みや相談にのってくれる人だと知った。私たち患者は、少なからず、病院に行くことにためらいがあり、緊張しながら診察室に入る。私の主治医の先生は、そんな緊張を取り除くためにカウンセリングを行ってくれたのだろう。小児科の医師は、様々な病気を持つ子どもに対し、適確な診断をすることが不可欠だ。だから、幅広い分野の多くの医学的知識が必要である。しかし、患者の不安を取り除くというのも、同じくらい大切なものではないだろうか。
私の学校では、毎年3年生を対象に、「医系セミナー」が行われている。私も今年受講することにした。今は手はじめに、新聞や雑誌を活用し、医療に関するものを集め、広い視野の中で医療と関わっている。これからは自分の調べたい内容と同じような考えを持つ友達とグループを組み、1つのことに集中して研究を進めていく予定だ。周囲の仲間が医療に興味を持っているという環境の中で学ぶのはとてもやりがいがあるし、もっとたくさんのことを学びたいという気持ちにもなる。
学校で医療に対し学んでいく中で、「医師」について考え方が大きく変わったことがあった。現役のお医者さんの講話を聴いた時のことだった。その人は、医師を目指した理由、実際に医師として働いていて感じることなど、たくさんのことを話してくださった。その中で私の心に響いたのは、「軽い気持ちで医者になってはいけない」という言葉だった。どうしても、「親が医者だから」「社会的にみて高い地位だから」という理由で医師を志す人もいるという。でも結局軽い気持ちでは、どこかで挫折してしまう。医者というのはそれだけ責任が大きいのだそうだ。この言葉を聞いて私は、自分の医者に対する考えが甘かったことを深く反省した。
最近テレビで、医者が出てくるドラマを見た。「命を粗末にするのはこの世で最も愚かな行為だ。あなたたちは『命』を救う仕事をしているのだから、もっと自分の仕事に誇りを持ちなさい。」−医師が研修医の人達に強い口調で語っている場面。私はこの言葉に深く感銘を受けた。医者というのは「命」というかけがえのないものを背負う、辛く大変な職業。その重責ははかり知れないものがある。でもだからこそ、医者というのは誇り高く、なくてはならない存在なのだ。
私にも、それだけ人々に必要とされる仕事に就きたいと思う気持ちはある。ただ、「命」というかけがえのないものを背負っていく覚悟があるかと問われたら、言葉に詰まってしまう。でも、いつか本当に医者になりたいと思ったら、みんなに信頼される医者となるため、一生懸命勉強し、働きたい。
そんな時に思い出すのは、小児科のあの先生のことだ。患者やその家族に親身になって接し、診察しながら、不安を取り除いてくれた。私も、患者の病気やけがを治すだけでなく、心のケアもしてあげられる−そんな医者になりたい。そのためには、私自身がこれから、いろいろな経験を積み、人の心の痛みがわかる人になっていかなければならないと思う。