HOME > 医師会からのお知らせ > ふれあい医療体験記 > 第22回ふれあい医療作文コンクール > 佳作
医師会からのお知らせ

第22回ふれあい医療作文コンクール

佳作
「在宅看護で得た心のふれあい」
中曽根 牧子
56歳
この夏、父を自宅で看取った経験から、在宅看護を支えて下さった看護師の皆さん、往診の先生、そして、訪問入浴サービスのスタッフに、感謝の気持ちで一杯です。介護保険制度のお陰で、本人や家族への経済的負担が軽減されたほか、ほんの10年ほど前までは全くなかったような在宅看護を支援するサービスを利用することができました。また、そういうサポートを受ける中で、思いがけない出会いと心のふれあいがありました。
父は他界する前の1ヶ月余り、誤嚥性肺炎で県立中央病院へ入院していました。担当医は、父の病状から「療養型病院への転院」を勧めましたが、家族の希望で「在宅看護」を承認してくれました。退院後、在宅看護することが決まった時点で、担当の看護師の皆さんは、同居していた弟夫婦に交代で、痰の吸引に使うカテーテルと痰を切る吸入器の使い方を親切に教えてくれました。ロサンゼルスに住む私と息子が父の「病状悪化」の知らせを受け、急遽帰国してから退院までの1週間は、私たち二人にも機会あるごとに痰の吸引の練習をさせてくれました。担当する患者さんはほかにも大勢いらしたでしょうに、私たちを少しも急かすことなく、辛抱強く訓練。不慣れで、カテーテルがなかなか鼻の穴に入らず手こずっていると、「ゆっくりやって大丈夫ですよ」と優しく励ましてくれました。
これは、20年前に母が乳癌で中病に入院していた時と比べ、大きく変わった点です。当時は、専門知識と経験を積んだ医師の裁断が最優先で、患者本人や家族に何の知らせもなしに化学療法が行われたり、担当医に母の病状説明をお願いすると、廊下で他の患者さんや見舞い客にも聞こえるような声で応対されることもありました。今回は、父が既に、自分で意思表示できなかったこともあり、弟夫婦と私が中心になって、退院後の選択をしました。担当医の方は、家族の希望を尊重して下さったのです。
中病の看護師さん達のお陰で、弟夫婦と息子と私の四人は父の退院までに何とか、昼夜、2時間おきの痰の吸引ができるようになりました。吸引、体位交換、発熱時のクーリング、血液中の酸素量と体温測定など、四人で交代で丸3週間、一所懸命、父を看護しました。
そのほか、在宅看護を可能にしてくれたのは、訪問看護師の皆さんと往診の先生、そして、訪問入浴サービスの方々でした。訪問看護師の皆さんには、毎日一回、夕方、自宅へ来て頂きました。元気一杯の看護師さん。父の体をさするその手がまるで、魔法の手のように柔らかな方。中には、痰の吸引や採血が余り得意そうでない方も。そして、全く思いがけず、父が以前通っていた認知症患者専門のデイサービスで働いていて、父をよくご存知だった看護師さんもいました。「いつも『いいだよ、いいだよ』と誰にも親切だったから、女性の利用者さんやスタッフの間で一番人気がありました」とお世辞半分の父の思い出話を聞かせてもらえました。父が他界する前日、その訪問看護師さんが最後に、「またいつ来れるかわからんから、元気でね」と、とても名残惜しそうに、父の手を握ってくれた時は、感涙しました。
父の部屋にエアコンはありましたが、暑い最中、訪問入浴サービスには、本当に感動しました。男性一人と女性の看護師さん一人を含む三人でチームを組み、手際よく、父のベッドのすぐ脇にかわいらしいピンクのポータブル浴槽を設置。父に丁度良い39度のお湯加減になるとすぐ、男女二人が父を両手でがっちりと抱え、安全に、そうっと湯ぶねに移動させてくれました。湯ぶねの中では、エステサロンのごとく、シャンプーや石鹸で手足の指の一本一本、指の間まで丁寧に綺麗に洗ってくれました。風邪をひかないように、常にお湯を体中にかけながら、また、常に父に優しく声をかけながら。父は普段、眉間にしわを寄せていることが多かったのですが、訪問入浴サービスのときは、心底気持ちよさそうな穏やかな表情でした。こちらからの問いかけに全く反応がない父でしたが、訪問入浴サービスの方々は、到着すると一番最初に父に挨拶し、終了するとまず父の肩に手をやったり、握手してから帰っていきました。
往診の先生の勧めで、父が他界する4日前に近親者に連絡し、お別れをしてもらえました。父が危篤状態になった午前3時過ぎ、訪問看護師さんが駆けつけてくれ、モルヒネを投入してくれました。そして、午前9時過ぎ、父は弟夫婦と息子と私に見守られ、87歳の生涯を終えました。中病の担当医の予測は「余命半年から1年」でしたが、わずか3週間で他界。「病院だったら、6時間も苦しまずに済んだかもしれない」という後悔もありますが、他方、家族それぞれが精一杯父を看護できたという充実感もありました。お通夜の前に家までお線香を上げに来てくださった訪問看護師を含め、在宅看護を支援して下さった皆さん、どうも有り難うございました。