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医師会からのお知らせ

第21回ふれあい医療作文コンクール

佳作
「心の『けが』を治してくれた看護師さんとの思い出」
石水 直緒
駿台甲府小学校6年
私には三才年上の兄がいます。私が1年生の時に兄がサッカーを始めました。今までケガをして、何度病院のお世話になったか、数えきれないくらい病院に通いました。それまでの病院通いは、サッカーに付き物のケガでのものでした。しかし、私が3年生の夏、今でも思い出すと涙が出てくる「事件」がありました。
毎年、兄のサッカーチームは夏になると遠征に出て、色々な大会に出場します。そんな中、8月には決まって河口湖で開さいされる大会に出場します。私の家から近いので、私は毎年家族と応援に行きます。午前中1試合応援し、家族と昼食を食べていました。そこへ兄のサッカーチームのコーチから母のけい帯に電話がかかってきました。
「お弁当を食べたらはいてしまって、受け答えもままならないので、救急車を呼びました。申し訳ないのですが、すぐにグラウンドまで戻ってきて下さい。」
というコーチからの電話でした。グラウンドにとう着すると、すでに救急車がグラウンドのベンチの前まで入ってきており、兄は救急車の中でした。救急車の中の兄は意識がもうろうとしており、病院にとう着する頃には意識がなくなっていました。
「意識は戻ったか?。」
「まだです。」
病院の先生と看護師さんのこのやり取りを病院のソファーで何度聞いたことでしょう。その度に母は涙ぐみ、私は心臓がドキドキしました。1分が10分に感じ、10分が1時間に感じました。そんな私たちを心配し、看護師さんが代わる代わる、
「大丈夫ですからね。」
と声をかけてくれました。その言葉に私たち家族はそれだけ安心し、勇気づけられたことでしょう。やさしい笑顔でやさしい言葉をかけてもらうと、心がすっと落ち着いていきました。
兄は、色々な検査をしました。点滴も何本もしました。診断結果は、熱中症でした。検査が終わる頃、兄の意識が戻りました。大事を取って、一晩入院することになりました。河口湖近くの病院だったので、家の近くの病院まで救急車で移動することになりました。移動の救急車に先生と看護師さんが一緒に乗ってくれました。河口湖から甲府まで1時間程の道のり、先生も看護師さんも私たちが心配しないように、気をまぎらわしてくれるような話しを色々してくれました。甲府の病院にとう着し、兄の申し送りをしている河口湖の病院の先生と甲府の病院の先生や看護師さんを見ながら、兄を助けるために何人の人が動いてくれたのだろう?と感謝の気持ちでいっぱいになりました。病院は、病気やケガを治してくれるところだと思っていました。この兄の「事件」があってから、私は病院は病気やケガを治してくれるだけではないことが分かりました。かん者さんや家族の心のケアをすることも大事な仕事だと思いました。母が兄に付きそって泊まることになり、私も一緒に泊まりたかったのですが、小児科の病室に私は泊まることは出来ない決まりとのことでした。少しだけ涙ぐんでいた私に看護師さんが言いました。
「明日の朝、お兄ちゃんも元気になっているから、なおちゃんも明日、笑顔で病院にお兄ちゃんをおむかえに来てね。明日の夜はお母さんを独り占めだよ。」
私は今でもこの言葉が忘れられません。